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「ノーベル文学賞は外国人に」共同通信の雑すぎる記事に批判や疑問の声!南京事件「40万人説」に言及の日本人作家は今年も逃す

2019/10/12
共同通信「ノーベル文学賞は外国人に」

スウェーデン・アカデミーが10日発表したノーベル文学賞をめぐり、共同通信の発信した「ノーベル文学賞は外国人に」という雑すぎる記事に批判や疑問の声が数多く寄せられています。

日本人かどうかだけが重要なんですね。

これからは共同通信は世界的な賞は全部「日本人に」と「外国人に」で伝えるの?

例えば、「芥川賞とか直木賞の受賞者が外国人に」というのであれば、わかるけどさ。
「ノーベル文学賞」ですよ、あんた。

『日本人』でなければ報道する意味がないとでも思ってらっしゃる?


とネットでは批判が相次いでいます。

明日の天気 どこかで雨が降るでしょう。

飛行機事故の時「乗客に日本人はいませんでした」


と同レベルという揶揄も。

それはそうですよね。

スウェーデンアカデミーは10日、2018年のノーベル文学賞をポーランドの作家オルガ・トカルチュクさん、2019年の同賞をオーストリアの作家ペーター・ハントケさんに授与すると発表しました。

と報ずれば、文字数はたいして変わりませんし、「なるほど、ポーランドとオーストラリアの作家が受賞したんだな」と一目瞭然です。
共同通信が最も言いたかったであろう、村上春樹じゃなかったということは誰でもわかりますよ。
新聞も、通信社も、劣化してきていますね。

小説中で南京事件「40万人説」に言及の村上春樹は受賞逃す!

村上春樹さん(スポーツ報知)

毎年、この時期になると、村上春樹が話題になりますが、受賞を逃したと聞いても残念という気持ちは湧きませんでした。
近年の発言や作品を見ていると、思想信条に違和感や反発を覚えるからです。

『朝日新聞』に寄稿したエッセイでは、日中間の尖閣諸島問題や日韓間の竹島問題について「領土問題が『感情』に踏み込むと、危険な状況を出現させる」「ほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる安酒の酔いに似ている」などと領土問題を軽んじるような発言をしています。

問題なのは、2017年に出版された14作目の小説『騎士団長殺し』で、「第2部 遷ろうメタファー編」には、こんなくだりがあります。

「そうです。いわゆる南京虐殺事件です。日本軍が激しい戦闘の末に南京市内を占領し、そこで大量の殺人がおこなわれました。戦闘に関連した殺人があり、戦闘が終わったあとの殺人がありました。日本軍には捕虜を管理する余裕がなかったので、降伏した兵隊や市民の大方を殺害してしまいました。正確に何人が殺害されたか、細部については歴史学者のあいだにも異論がありますが、とにかくおびただしい数の市民が戦闘の巻き添えになって殺されたことは、打ち消しがたい事実です。中国人死者の数を四十万人というものもいれば、十万人というものもいます。しかし四十万人と十万人の違いはいったいどこにあるのでしょう?」

小説の中で、こんなデタラメを「事実」として取り上げています。
少なからず影響力のある方に、歪められた歴史認識を持って小説を書かれては大迷惑ですよ。
村上春樹が南京事件「40万人説」に言及したとして、当時、中国のネット民には絶賛されましたが。

「南京事件」を蒸し返したのは、やっぱり「朝日新聞」

いわゆる「南京大虐殺」が「史実」のように定着したのは、本多勝一『中国の旅』(朝日新聞社、1972年)、笠原十九司『南京事件』(岩波新書、1997年)、アイリス・チャン『ザ・レイプ・オブ・南京』(ペンギン・ブックス、1997年)などによります。

この中の一人、本多勝一は当時、朝日新聞のスター記者であり、事実とはかけ離れた「南京大虐殺30万人説」を流布させた人物です。
ここでもまた朝日です(慰安婦のねつ造報道でお馴染みの「朝日新聞」というべきでしょうか)。
1971年に朝日紙上で連載した『中国の旅』で本多勝一はこう書いています。

〈歴史上まれに見る惨劇が翌年二月上旬まで二カ月ほどつづけられ、約三十万人が殺された〉

約30万人が殺されたとはっきりと書いていますよね。
しかし、当時の南京市の人口は20万人に満たなかったといいます。
ですから、30万人の虐殺はそもそもありえません。
南京戦の後にはむしろ人口が増加したといいますから、とんでもないでっち上げです。

「中国の旅」は本多が中国共産党の案内で取材し、裏付けもなく執筆したもので、石原慎太郎氏も「昔、本多勝一ってバカがいたんだよ、『朝日新聞』の。結局彼は最後に修正したけどね。あんな南京占領の間に40万人を殺せるわけはないんだ」と痛烈に批判しています。

村上春樹が「ノーベル文学賞」を受賞すれば、南京事件40万人説などが「ノーベル賞作家が書いているのだから」と、事実として受け取られたり、多大な誤解を招いたりしかねません。
それが怖いのです。

「ノーベル賞」のような権威ある賞は、心から喜べる人が受賞してほしいというのが、偽らざる気持ちです。

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自動車関税回避に安倍首相、トランプ大統領の「友情」 今、報道に欠けるのは「ファクト」

2018/09/30


「シンゾーとの友情があるから自動車に関税をかけられなかった」

トランプ米大統領は26日の首脳会談で、安倍首相にこう伝えたといいます。

自民党総裁選の2候補を招いたNHK「日曜討論」で、トランプ米大統領との親密さをアピールする安倍首相に対して石破茂氏は「友情と国益は別だ」と牽制しました。
安倍首相は「信頼関係がなければ(外交は)できない」と反論しましたが、貿易協定をめぐる今回の交渉では首脳同士の友情が国益に叶ったことを裏付ける結果となりました。

さて、日米首脳会談を巡っては先月、驚くべき「フェイクニュース」がありましたね。
ホワイトハウスで今年6月、トランプ大統領が安倍晋三首相と会談した際「真珠湾攻撃を忘れないぞ」と言及した上で、米国の対日貿易赤字について激しく非難したという報道です。



実際はこうでした。
トランプ大統領は真珠湾攻撃の話を持ち出して「日本ももっと戦っていただろう。日本も米国と同じように周辺国ともっと戦うべきだ」と日本を鼓舞したのです。
しかし、驚くべきことに発言の肝心な部分は一切報じず、「真珠湾を忘れていないぞ」という部分だけを抜き出して、まったく印象が違う記事に仕立てあげました。

米国政府高官によると、トランプ大統領は「日本は、米国をたたきのめすこともある強い国じゃないか」と真珠湾攻撃を持ち出してジョークを述べたというのです。
脅したり、不快感を示したのではなく、むしろ日本を称賛する文脈だったといいます。

fnn_news201808.jpg

このニュースを最初に発信したワシントンポストには、日米の分断を狙ったのではないかと疑いたくなるような悪意を感じます。
これを受けて共同通信は、米国では真珠湾攻撃は「卑劣なだまし討ち」という意味合いが強いなどと、ことさらに敵意を煽るような味付けで歪めた記事を配信しました。
いったい、ワシントンポストや共同通信はどういう了見で、「うそ」を流すのでしょうか。
発言内容によってはニュアンスが多少異なる報道がなされることは致し方ないところですが、内容を180度も変えてしまうことが本当に許されるんでしょうか?
ここまでくると、もはや報道とは呼べませんよ。

さて、日本のもう一つの通信社・時事通信も「(日米関係はかつてないほど強固という)首相の訴えの信ぴょう性が揺らぐ」などと卑劣な批判を加えて同様の記事を流しました。
記事に付けた写真も、さえない表情のものをあえて選んだのでしょうね。
こういう写真をわざわざ選んで印象操作をするわけです。

jiji_news201808.jpg

↓下のような、両首脳が握手をしている写真なんて意地でも使いたくないんでしょうね。

AT_201806.jpg

通信社は記事を配信するだけの報道機関だと思っていましたが、新聞でいうところの社説やコラムのようなものまで流しています。
ご存じでしたか?

16日付のある地方紙に時事通信の軽部謙介・解説委員の解説が掲載されていました。
大見出しは「真珠湾発言の意味」です。
米紙ワシントンポストの報道をそのまま引っ張ってきて、「真珠湾をめぐる反日意識は、冷戦の激化により沈静化していたが、経済摩擦の激化で呼び覚まされた」などと、どこかの博士の著書を引用して、真珠湾を再び蒸し返したいのかと思えるような主張をしていました。
トランプ大統領が「脅しの材料として真珠湾を使い始めたとすれば、経済交渉のありようを超えて深刻に受け止める必要がある」とも述べていました。

しかし、トランプ大統領は真珠湾を持ち出して「シンゾーも頑張れ」とエールを送ったんです。
にも関わらず「脅しだ」「これは深刻だ」とあおり立てる。
フェイクニュースを都合よく使って、都合のいい理屈をこね、読者を惑わし、政権を揺さぶる、要は安倍批判をしたいだけの軽部氏の姑息な意図が透けて見えてきます。
うそを土台にした解説から導き出される結論は大きな間違いとなる可能性をはらみ、さらなる嘘にもなり得ます。
そんな妄言や嘘っぱちを読まされる読者はいい迷惑ですよ。

軽部謙介なる人物の経歴を眺めていましたら、「主なメディア出演」という項目が目に留まりました。
TBS「サンデーモーニング」!
言わずと知れた極悪偏向番組です。
ああ、やっぱりなと思いました。

日本の通信社も、偏向報道を繰り返す左翼新聞とたいして変わりがないことがわかります。
通信社の報道に本来”色”なんて必要ないんです、公平公正な信義に基づいて客観報道を貫けばいいんですよ。
読み手・受け手が求めるのは「フェイク」ではなく「ファクト」なんです。

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